吉田修平氏、ジム・ライアンから「インディー担当かソニーを辞めるか」の選択を迫られていた
PlayStation での経歴を特集した最近の記事で、吉田修平氏は、PlayStation のファースト パーティ スタジオの責任者の職を辞し、インディー ゲームの管理に専念するか、会社を辞めるかを尋ねられたことを明らかにしました。PS1 の時代から PlayStation で重要な人物であった吉田氏は、会社が優先順位を再検討していたときに、ジム ライアン氏からその選択肢を提示されたと説明しました。
吉田氏はGamesBeatのインタビューでこの会話を振り返り、次のように述べた。「まあ、私は引退したわけではありません。会社を辞めたのです。ジム・ライアンは私たちの世代の最後のリーダーでした。久夛良木健、平井一、アンドリュー・ハウス、ショーン・レイデン、そして私自身は、PS1時代からずっと同じグループでした。私たちは、西野英明やハーマン・ハルストといった次世代の経営陣に引き継ぎました。この5年間、私の役割はプレイステーションの内外でインディーゲームを宣伝することでした。特にプレイステーションに新しく加わった人たちに、インディーゲームをサポートすることの重要性を伝えたかったのです。インディーゲームは未来を創ります。対外的には、インディーの開発者やパブリッシャーに、彼らのために物事を良くしたいと伝えていました。少しずつ、システム、ストア機能、コミュニケーションを改善できました。」
吉田氏は、新しい役割の課題についてさらに詳しく説明しました。「私がこの仕事に就いたとき、ジムに部署を作りたくないと言いました。会社には十分な縦割り部門がありました。部署を調整するだけでも大変です。私は別の縦割り部門を作りたくありませんでした。既存の組織で仕事をしました。インディーの仕事を始めたときの私の個人的な目標は、私のポジションを不要にすることでした。会社がうまくいけば、私のような人間が全員にこれが重要だと伝える必要はありません。私たちはそれをかなりうまく達成できたと感じています。まだできることはたくさんありますが、全員が取り組んでいます。ジムが去り、西野とハーメンがステップアップしたことで、インディーへのサポートの状況に満足しました。私は辞めることを決めました。」
大手ファーストパーティタイトルの管理からインディーゲームに注力する方向への転向について質問されると、この幹部は次のように答えた。「ファーストパーティからインディーへ?まあ、私には選択の余地はありませんでした。ジムが私にインディーの仕事を引き受けるよう頼んだとき、その選択をするか、会社を辞めるかのどちらかでした。しかし、私はプレイステーションとインディーの現状について強い思いを持っていました。私は本当にこれをやりたかったのです。その目的のために何かユニークなことができると信じていました。私にとっては、今年会社を辞めたことよりも、ファーストパーティからインディーへ転向したことのほうが大きな変化でした。インディーコミュニティ、私が密接に仕事をしているパブリッシャーや開発者が、私の助けが必要だと信じてくれたのはとても幸運でした。私はこれらの会社のいくつかの顧問になりました。尊敬するインディーパブリッシャーや開発者の何人かと仕事を続けています。ソニーを離れて独立した顧問になることは、ファーストパーティから辞めることほど大きな変化ではありません。」
吉田修平氏は、PS4 世代に PlayStation ファースト パーティ スタジオを管理し、リブート版の God of War、The Last of Us、Horizon Forbidden West、Ghost of Tsushima など、数々の有名ゲームの成功を監督しました。また、さまざまなインディー タイトルのマーケティング サポートや支援を提供することで、インディー デベロッパーを PlayStation で再び脚光を浴びさせる上で重要な役割を果たしました。
驚きはないというかライアンによって閑職に回されたってのは当時でもわかってたし